文・取材:河尻亨一
# 18 写真家の“目”になろうとしていた(インタビュー:操上和美氏)
写真家たちと石岡瑛子のものづくりの現場はどういうものだったのだろう? そのコラボレーションを音楽のセッションにたとえる人もいる。時代の熱を追体験しようと、操上和美氏のオフィスを訪問した。
言わずもがなだが、操上は日本を代表するフォトグラファーだ。広告やファッションに携わる人の中でその名を耳にしたことがない人はいないと思う。1965年にフリーランスとなったのち、以来50年にわたって写真表現の第一線を走り続けている。
(操上和美ポートレイトサイト; コチラをクリック)
『陽と骨』(1984年)『NORTHERN―北の風景―』(2002年)『PORTRAIT』(2013年)など作品集は多数。写真スタジオ「CAMEL」を主宰するほか、1978年には映像制作会社「ピラミッドフィルム」の設立に携わり、現在は同社の名誉会長を務める。
スチールだけでなくコマーシャルフィルムも多く手がけ、映画『ゼラチンシルバーLOVE』(2008年)も監督した。若い世代なら乃木坂46のデビュー曲「ぐるぐるカーテン」のPV(2012年)をご覧になったことがある方もいるかもしれないが、これも操上の演出によるものだ。
国内外のスターに迫るポートレイトから砂漠や荒野の風景、官能を刺激するビジュアル、見る者を試すかのような実験的でストイックな作品群――操上の被写体やテーマは広く深い。
つい先日も写真展「SELF PORTRAIT」を開催(5月10日まで)。同タイトルの作品集も発表している。これはみずからが「絶景」と語るポートレイト作を中心に70年代以降の作品を重ねてプリントしたシリーズだ。時代の地層の上に見たことがない景色が広がっている。
操上の長いキャリアにおいても、石岡瑛子との仕事は格別に記憶に残る“闘い”だったようだ。インタビューに入ると、操上はそれが昨日のことであるかのようにこう語った。
「ヘンな話ですけどね、追い出したこともあるんですよ」
――石岡さんをですか?
そう、現場でね。パルコの仕事でドミニク・サンダを彼女の別荘で撮影したんです(1978年)。ドミニクがベッドの上でいろんなポーズをとる。猫みたいになったりして。
すると石岡さんが、「いいわね、いいわね」って寄ってくる。でも、あんまり寄られるとカメラが動くわけ。最初は「うるさいな。カメラぶれるだろう? ちょっと離れてくれよ」なんて言いながらやっていたんですけど、さすがに途中でカーッとなってね、「いまさ、彼女とオレはベッドの上の話を撮っているのに、何やってるの? ここから出ないと撮らないよ!」って言って外に出しちゃった。
ようするに石岡さんという人は見たいんですよ、自分も。僕の“目”になりたいわけ。写真家と一体になって同じ位置から見ようとする欲望。それはすごいよね。「この闘いを一緒にやりたい」ってファイトがすさまじかった。いまの現場のようにビジコンで送られる映像を向こう側のモニターで見てるんじゃないんですよ。
でも、撮るたび隣にくっついてこられるのはちょっとね(笑)。ほかの撮影のときならまだ我慢もしたんですけど、ベッドの上で女優が浴衣のような赤いローブを着て、ヌード撮影に近い色気を撮ろうとしているわけじゃない? そこに女性のADが乗っかってきていろいろ言われたら、「できないだろ? それ」って。そしたら初めて気づいたみたいで。
――出て行ったあと、石岡さんはどうなったんでしょう?
「終わったよ」ってなぐさめに行ったら、表で草むしってるの。それで「強いわね、クリちゃんは」なんて言うから、「強いって、強くなきゃ撮れないだろう」と。ようするに、追い出されたのでショックだったらしいんだけど、そうでもしないとこっちが撮れないくらいに、彼女はガンガン入ってくる。現場はいつも大変ですよ。
でも、それがセッションだからね。いいんです、いい闘いであれば。予期しないことを僕がやるので、石岡さんも面白がってくれましたよね。広告だとクライアントとの関係もありますから、基本的には打ち合わせで決めた方向に持っていくわけですけど、もっといい方向にできるんなら僕はそっちに翔ぶ主義ですから。
――パルコだと1970年代後半のフェイ・ダナウェイのシリーズも印象的で、ゆで卵をむいて食べるコマーシャル(「This is a film for PARCO」)なんて、それ以降もそれ以前もなかったんじゃないかと思います。
あのときも決まっていたのは彼女を撮るってことだけでね。アイデアを出し合ってるときに、「卵を1個むいて食べようよ」って言ったんです。
最初は石岡さん、「ちょっとクリちゃん、ふざけないでよ。ゆで卵食べさせてどうするの?」って言うわけ。「何言ってんだ、この人?」って顔してね(笑)。それで、もうちょっと説明したんですよ。「黒バックに真っ白い卵を1個ぽつんと置いておく。で、ビシッとドレスアップしたフェイがそれをコンコンって割って、カメラを見ながら食べちゃう。それを60秒ワンカットで撮ったら面白いし、キレイじゃない?」って。
そしたらしばらくして、「いいわね……」って。それでパッと決まった。とんでもない発想だから一瞬拒否しても、面白そうだと思った瞬間ノってくる。そういう人なんですよ。
――同じくフェイ・ダナウェイを起用した「東洋は西洋を着こなせるか」(PARCO)は石岡さんの作品集の表紙にもなっています。
L.A.のスタジオで撮ったんですけど、ドキドキする美しさでしたね。衣装はイッセイ(・ミヤケ)さんにお願いして。フェイの隣にいる女の子は二人とも石岡さんの姪っ子で、もうすっかり大きくなっちゃってるんですけど。
あの作品集を作るときも大変で。ラフバージョンができたときに呼ばれたんですよ。「だいたいできたから見て」って。で、行ったら坂本龍一さんもいて、「オレたちなんで呼ばれたんだろうね?」と(笑)。
――信頼の置ける方々に一度ぶつけて反応を見る、というのは石岡さんのスタイルですね。
うん、それで束見本をひと通り見せていただいたんだけど、わりときれいにまとめてしまってる感じでね。僕は開口一番、「エイコちゃんはカタログ作るの?」って言ったんですよ。「これ、ただのカタログじゃない? いままでやってきたことの」って。龍一さんも「そうだよね」と。
そこで「あ、いいね」って言って帰ってもよかったのかもしれないけど、思ったことをズバズバ言ったわけ。石岡さんもそういう本音を聞きたくて、僕らを呼んでいるわけだから。「そういうのじゃなくて、この本でもう一回ジャンプアップする、ということをやったほうがいいんじゃないの?」って言ったんですけど。
そしたらバーンと変わったんです。作品並べ方からトリミングしてブローアップ、全部やり直したって言ってた。「なによ、カタログなんか作らないわよ」って僕は最初怒られたけどね(笑)。でも、考え直してもう一回シャッフルしたんでしょう。それでいまのバージョンになった。
――見本までできているのに大幅に変えるなんて、スタッフや版元、印刷所のことも考えると……。
すっごい変わってたからね。周りはどれだけ大変だったか? と思います。彼女はアートディレクターだから、いろんな人に話を聞いて客観視して組み直す。そういう才能、感覚はすぐれていると思うし、なによりやり遂げる執念がすごい。
そして、これをニューヨークに持って行って、五番街のリゾーリという有名書店のウィンドウを飾って大キャンペーンをはった。そうやっていきなりワールドワイドにデビューしたわけですよ。
――発売の2年前からニューヨークに留学して英語力を鍛えたりされてますね。
そう、ちゃんと狙ってる。なんたって表紙にフェイ・ダナウェイですから。当時のフェイはすごかったわけだし、このビジュアルはオリエンタルな雰囲気もあるでしょう? そういう計算がさすがです。
石岡さんは広告のアートディレクションだけじゃなく、自分自身のプロデュースもちゃんとできた。その欲望はすごいものだし、これを作るにはよほどのエネルギーを使わないと。なにより努力してましたよ、彼女は。
闘う人だからね。強いよ。でも、強い瑛子さんと、女っぽくて可愛い瑛子さんとが混在しているんです。繊細さとダイナミックさの両方があるというか。
――最初にお話くださった現場でのエピソードからも、そういう二面性のようなものが伝わってきました。本人の中でも“闘い”があるんでしょうね。
セッションの相手としてすごくいいんじゃないですか? とんでもないオーダーをされてしんどいと思う人もいるのかもしれないけど、それを逆手にとって倍返ししながら、こっちも面白く遊べばいいわけ。拮抗してぶつかり合うことで爆発力が生まれ、自分のなかに潜在していたものがかたちを現し、大きく飛翔することができます。一方通行だとエネルギーにならない。
ただ、ひとつ無茶だなと思ったのは、撮ったフイルム。写真を選んで渡したあと、「残ったのも全部持って来てほしい」と言うんですよ。「そんな選んだあとのカスを見て何するんだ?」って言ったんだけど、「私の仕事だから、私が責任を持って預かりたい」って引かないので、「じゃあ、いいよ」って。でも、それっきりどうなっちゃったかわからないんですよね。
あるとき使う必要が出て来て、出してほしいと言ったらわかりましたって言ったんだけど、そのままニューヨークに帰ってしまった。で、向こうに電話したんですけどね、「クリさん、私、忙しいのよ」という感じでお話にならなくて。「冗談じゃないよ。撮ったのはオレでしょう?」と思ってすったもんだあったんだけど。
あれはどういう発想なのか、すべて私のディレクションってところはありましたよね。それ以降は、そっちの話はタッチしないようにしたんです。追及したって仕方ないし、会うと可愛い人だから。
(後編に続く)